人材育成研究事業

「とやまファン倶楽部」について

会員交流

会員の皆様からいただきました「メッセージ」です。

富山を身近に感じたこと

K.K 様
 先頃出版社かまくら春秋社から近く出版される富山の薬売りと言う本にエッセイをとの依頼が来ました。不思議な注文ですが、富山とは不思議なご縁続きです。喜んで書きました。タイトルは「人情の芳香」。出版されたらお読み下さい。

M.K 様
 最近、高齢になったこともありますが、県、市からの広報案内やテレビでの故郷(富山県高岡市)をとりあげる番組が増加していますので、懐かしさが増し、知人、友人に良く紹介をし、話題になることがあります(例えば、鶴瓶の家族に乾杯、高岡の工芸メーカー能作など)。また、故郷に生活する友人と東京に生活する友人達が中間地で集合し、旧交を温めるなど折に触れ富山を身近に感じます。これからも機会ある毎に紹介に努めたいと思います。

S.T 様
 草笛光子さん主演の映画「ばぁちゃんロード」は富山県氷見市がロケ地であり、身近に感じました。最近たびたび富山県がテレビに放映されるようになったような気がしております。北陸新幹線の効果でしょう。富山東京間が近くなりました。

K.N 様
 220年の昔、私達の先祖は利賀村豆谷の出身です。宗旨も浄土真宗(西)で現在では約400戸になって、それぞれ活躍しています。
 富山は心のふる里であり、訪問も何回でもしてみたい場所です。現在、南砺市応援市民(54号)ととやまふるさと大使になっています。益々御活躍ください。

T.H 様
 富山県は文化・産業・観光面において、それぞれの分野で質の高いものが揃っており、常に新しい「もの」「こと」が醸成されている。
 特に産業は、重工業から工芸・民芸まで世界に冠たるレベルであり、県民のアイデンティティーはすばらしい。また、日本人の住みたい県は常に第一位に位置付けられている。

K.F 様
 東京で活躍している方と話をすると「富山出身です」と話す方が案外います。皆さん積極的に自分からは言わないですが、こちらが富山出身者だと知ると「私もです」と話されます。こういう素晴らしい人々で富山応援団ができると、もっと盛り上がりますね。皆さんシャイで自ら話しませんが、ファン倶楽部がそうした絆作りの一翼を担っているのは、素晴らしいことだと思います。

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今後の富山に期待すること

Y.I 様
 人間の誠実さ、勤勉さ、更に恵まれた自然、富山の人は他府県の人より、良い環境にあります。が、これからの時代は、グローバル化、ITが活用されて、社会は変わります。あと一つチャレンジ力をつけてください。そして、富山から日本中へ、更に世界に飛躍する夢をもって!!

I.A 様
 富山県では特に生涯学習の推進にかかわっていましたので、富山県の生涯学習の益々の発展を祈っております。

S.I 様
 家屋が大きいとか、教育県だとかだけじゃなくていい。ぶり、ホタルイカ、白エビだけじゃなくていい。立山、五箇山だけじゃなくていい。その先が一向に見えてこない。
 もっと他県にない、他県より優れているものがあるはずです。もっと新しい富山をアピールする必要がある。新幹線と言っても金沢ばかり!もっと「滞在したいとやま」「住みたいとやま」「地震など災害の少ないとやま」など

T.U 様
 外国人(特にアジア)にオープンでカインドネスな県でありたいものです。
 高校生の留学受入れを積極的に行う施策を考えられませんか。

H.O 様
 観光面にもっと注力すべきと思います。他県からの観光誘致、食文化、土産、景観は新幹線効果とともに大いに宣伝すべし。JTB等観光業者と連携して宣伝すれば良い。先日、NHKで「鶴瓶の家族に乾杯」で富山県高岡市の大仏他いろいろ街並みが紹介されて面白かったです。

S.K 様
 富山県は、面積的には比較的小形の県であるが、3000mを超える立山連峰から深さ1000mの富山湾まで、実に自然環境の変化に富んでおり、それを反映して生物多様性は日本でおトップクラスである。これこそ、誇るべき富山宝であろう。


Y.G 様
 少子高齢化の進展が予想されていますが、いつまでも快適な生活環境が維持されることを期待いたします。

I.T 様
 人材不足が全国的に顕著になっている中、優秀な人材を輩出されている貴県の取組み、当倶楽部を通じた人材ネットワークの拡大に期待します。

A.S 様  
 長年中沖知事の時代から利賀村演劇村を作る時に同郷して以来、ずっと応援し、あちこち自分のマスコミで発信しています。文化の都市としてさらにご発展ください。
H.T 様
 駅前の商業化を望みます。

Y.N 様
 立山に振る雪は美しいが、地元の人は厳しい自然のもとで過ごさなくてはならない。その厳しい自然をある時は克服し、ある時は適応しながら、今日の豊かな富山県を築いてきた。「日本一の富山県」である。今後も精進してもらいたい。

N.F 様
 最近、関西在住の富山県人の小さいグループで「富山から世界へ―郷土の偉人に学ぶ―」という題で30分程度のお話をさせていただきました。その準備・調査の過程で富山県人であることに益々誇りを感じた次第です。なお10月21日(日)に近畿富山県人会総会がホテルニューオータニ大阪で開催されます。

N.Y 様
 地球上の人間は70億人だと思いますが、個人のポケットマネーで五大陸を七回飛び回っています。東南アジア、ヨーロッパ、南米、アフリカ、北アメリカ、オーストラリア、世界中、半世紀の間、それも何回かの旅行で体験してきました。結果的にみて世界で日本国が一番素晴らしい国だと思います。そして、日本国で一番良い県は富山県だと思います。

Y.W 様  
 富山市のLRTがCompact Networkのモデルになっています。
 しかし、射水広域都市計画の充実・向上から、高岡地域、新港地帯、小杉IC地区も「核地域」としての期待、計画的充実策が待たれています。

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富山での思い出

M.O 様
 雪の壁、ホタルイカ、海王丸・・・。取材の思い出は鮮明です。また、訪れたい思い出の地です。

T.K 様
 富山を懐かしく思い出し、また行きたいという衝動に駆られる一番の要因は、私の場合「食」である。
 私が懐かしむ富山の味は「ホタルイカ」「白エビ」「ます寿司」ではない。富山に行かなければ食べられない「ぼてやん多奈加のぶた玉」「糸庄のもつ煮込みうどん」「吉宗のカレーうどん」といったB級グルメなのだ。

S.K 様
 「山登りと音楽」
 桜のシーズンも過ぎ待望の夏が近づくと山のニュースが頻繁に伝わってくる。2013年に富士山が世界自然遺産に認定されてちょっとしたブームになっているようだ。立山も申請しているようだが可能性があるのだろうか。生まれたのは立山連峰がある立山村(現立山町)宮路ということもあってか、15歳までしかいなかったが山登りにはすごく興味があった。現在は標高2450メートルの室堂平まで行こうとすると乗り物を乗り継げば大げさではなく革靴かハイヒールでも行ける。しかし僕が子供の頃は立山登山というとケーブルも電気バス、高原バスもなく、せいぜい地鉄の粟巣野駅(今はない)まで電車で行って、称名滝を見ながら八郎坂、弥陀ヶ原、松尾峠、天狗平から室堂、一の越、雄山頂上という全て歩いてのコースだった。小学校3年の頃父親に連れられて宮路を出発して頂上まで3泊4日くらいかかった記憶がある。昨年夏、夏休みを利用して娘夫婦と2人の孫を加えた6人で立山アルペンルートに行って来た。当然乗り物のみで室堂に辿り着いたのが14時頃だったが今から頂上は無理でも2700メートルの「一の越」まで行って来ようと出発した。途中3ケ所の雪渓を渡り、お天気にも恵まれ全員3時間弱で往復出来た。僕は、今日まで冬山と岩登りこそやらないが春から秋にかけて立山、剣、薬師岳、白馬、槍、前穂高、西穂高、北穂高、大キレット、常念岳、それに30キロのリュックとテントを担いで一週間で八が岳縦走等など雲取山、高尾山に到るまで多くを踏破した。ヴァイオリンを始めたのと同時期からやっていた柔道で鍛えた体力が役立ったのだろう。
 山に関する音楽も多く代表的作品としてR・シュトラウスのアルペン・シンフォニーを始めとして、グローフェの大峡谷とかドボルザークの交響曲第9番「新世界より」の第2楽章が「遠き山に日がくれて」という題がついている。親しみあるところではダークダックスの雪山賛歌等を含めて心を揺さぶられる名曲が多い。興味深いのは日本を代表する作曲家の1人である故黛敏郎氏が我が故郷立山を題材に交響詩「立山」を作曲した。この曲を聴いた映画監督の松山善三氏が音楽から醸し出される情景から山に興味を懐き、一度立山に行って見ようということになり訪れた。結果感動した監督は音楽に従って立山の四季をドキュメンタル風にロケを敢行し一般の劇場で公開された。元を質せば親父が故郷立山をもっとアピールするには大好きなアルペン・シンフォニーみたいな素晴らしい音楽を日本で作り世界中にPR出来ないものかと交流のあった黛氏に相談をして実現したことに始まる。普段は映画が最初に出来上がりそれに音楽をつけるというのが一般的だが、音楽が先でそれに映像をつけて映画なんて今日まで聞いたことがない。
 僕が知っている音楽家は程度の差こそあれ山好きが多い。息も絶え絶え一歩一歩踏みしめてやっと頂上を極めたあの爽快感は経験した者にしか分からない。作曲家が作品を完成させた瞬間や、演奏家が努力して難曲を乗り越えた時などと通じるものがあるのだろう。

S.K 様
 仕事は山中湖々畔ですが、住まいは鎌倉七里ケ浜で、高校まで過ごした富山湾に面した新湊・堀岡からの立山連峰の眺めを思い出しております。世界的にみましても、海を前面に広がる連峰の見事さは類を見ず、自然遺産としても自慢できるものと思っております。

Y.K 様
 富山テレビの情報番組キャスターをさせて頂きました折に、番組スタッフの皆さまの真面目さ、真摯さに打たれました。ほぼ毎週、数年にわたってお付き合い頂いている間、一度も態度、姿勢を崩されることがありませんでした。これは富山の方々の気質とも呼ぶべきものを感じました。この美しい気質が、これからも伝承されてゆくことを祈っています。

M.T 様
 創造性関連の講演等で通算360回程、訪富しました。最も強い思い出は、立山の県営スキー場を「らいちょうバレー」とネーミングしたことです。私の会社はネーミングの東京初の会社です。「ゆうパック」「TOSTEM」など実績は多数ありますが、地図に残る仕事はこれが唯一です。

H.T 様
 海風がはこぶ磯のかおり、おいしい海の幸、遠くは立山などの山並みに抱かれた美しい都が今も目に浮かびます。
 雪が降りしきる冬の間も人々は耐えて、若者たちは屋内スポーツを楽しみ、机に向かって研究に情熱を注いでいるのでしょう。未来を開いてくれることを願っています。

T.H 様
 富山県デザインセンターの設立に参画し、その具体的実行のため初代センター長を命じられた。
 また、高岡市を中心とした富山県の工芸発展のためのクラフトコンクール事業に参画し、数回にわたり審査員を依頼された。

T.M 様
 春夏秋冬いずれの季節も観光も食べ物も祭りも素晴らしい。
 勤務から離れた後も毎年行っています。たくさんの方にPRして、ひとりでも多くの人に富山の良さを知って頂きたいと思います。

T.T 様
 「雨晴海岸から見た立山連峰の思い出」
 先週(5月7日)、NHKの鶴瓶の「家族に乾杯」を見て、高岡市内の懐かしい町並みを、思い出していました。
 また、高岡に赴任した年の10月、友人夫婦が高槻市から車で高岡へ来てくれましたので、初めて、雨晴海岸に出かけて、海(富山湾)を挟んで、雄大な立山連峰を目にしたことを思い出しました。
 雨晴海岸に行けば、何時でもこの風景を見ることができると、そのときは思いましたが、その後、何時訪れてもなかなか立山連峰にお目にかかれませんでした。初めて行って立山連峰を目にすることができたのは、非常に恵まれていたのだと、その後、改めて思いました。友人夫婦の日頃の行いが非常によかったのだと、友人に話したことも思い出しました。また、友人から聞きましたが、その際撮った写真は、残念ながら、立山連峰は写っていなかったと。ちゃちなカメラでは、あの雄大な立山連峰は捉えきれなかったのだと。
 行けば、あの風景が確実であれば、と思いますが、見ることができない確率の方が高いようですから、それ故に、あの風景は、非常に貴重なのだと思います。


S.Y 様
 富山での生活は2年弱でしたが、56豪雪も蜃気楼も毎年の立山登山も体験しました。その後ずっと、ますの寿司の竹を利用した自作の箸を使用しつづけています。使いやすいし、富山を思い出します。

Y.W 様
 雪対策への県条例作成のため、カナダ、北欧の諸都市をつぶさに見聞しました。その魅力ある雪国のあり方は「姉妹都市」を結ぶなど、継続性を向上させたいものです。(例、カナダのケベック市、スウェーデンのストックホルム市等)

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会員の皆さんにPRしたいこと

S.I 様
 中央公論事業出版から「人生に勇気を―いのちの言葉・励ましの詩(うた)」(¥1300)出版。「生まれ育ったとやま(婦中町、速星中、富山中部高)」「転勤もしたとやま」のことも少し入れています。私の生涯で感銘を受けた言葉、詩を盛り沢山掲載。“人生の友”にどうぞ。

H.O 様
 日本には固有種を含めて美しい山野草が沢山ありますが、誰もが無料で入手できるデジタル図鑑がないようなので、退職後の趣味として日本全国を飛び回り、魅力的なワイルドフラワー500種を撮影して「北の息吹」というデジタル本に纏めました。日本の自然に興味のある外国人にも使えるように、日本語と英語の説明文を付けて300ページ弱の本2冊を公開しています。富山県内で撮った写真も多く掲載していますので、興味のある方は以下のURL(北大図書館のサーバー)にアクセスしてみて下さい。
 http://hdl.handle.net/2115/68332

M.O 様
 「和」「和U」というCDを発売しました。こきりこ、麦屋節、越中おわら、3曲の富山民謡も収めました。アマゾンや富山ファボーレ内ブックス中田さんでもご購入いただけますので、是非お聴きください。
 8月3日 山代温泉SWING、4日 高岡カサ・デ・ラ・ムジカ、5日13:00ブレッド 19:00富山ログセッション、10日 大門ローズ・エ・ロメオ でライブします。
 是非お越しください。

K.S 様
 今年の4月1〜4日まで富山に行って来ました。丁度、松川べりの桜が満開になり、多くの人で賑わっておりました。私から見れば「日本一の桜」と改めて実感しました。
 会員の皆さんも来年は是非富山に足を運んで頂き、日本一の桜を堪能して頂ければと思います。また、氷見市(下田子)にある「鮨よし」のネタは絶品です。こちらもご賞味して貰えれば更に富山が好きになると思います。

A.S 様
 1.モノづくり(工芸、機械加工)に優れていること
 2.県内就職率が高い(例えば、砺波工業高校は99%以上)
 3.四季と観光地をもっとPR!(衣・食・住三拍子揃っている) など

T.S 様
 久方ぶりの幕内力士となった朝乃山(高砂部屋)関を是非応援してください。出身力士を場所で応援する観客席をテレビ中継で見ることが増えました。最近、席がとれない人気ですが、もし国技館のチケットが手に入った時には、富山県の安上がりのPR法として、「朝乃山」と書いた大きな紙を持参して取組の時に高くかかげてください。

S.T 様
 2004年に東京から金沢へJターンしました。

H.N 様
 東海テレビ(愛知・岐阜・三重)月〜金 あさ9:50〜生放送「スイッチ!」司会を担当しています。オススメの富山の情報もお寄せください。

H.H 様
 越中守 七代目作左衛門につき、その200年の歴史、DNAを辿り、
  初代 作左衛門 釈大應
  二代 作左衛門 釈正受
  三代 作左衛門 釈慈善
 各々の時代背景の連載が始まります。富山県人誌を楽しみに。先ずはご挨拶申し上げます。

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富山県の施策に助言

S.A 様
(出展:富山県土木部建設技術企画課)
 戦前からの伏木港の役割。特に日本海側のロシア、朝鮮と交易の歴史をPRし、今後の期待を発信してください。
N.S 様
 スポーツを強化する施策をしてほしい。
 富山県でもこれまで日本一や世界一のチーム・選手を輩出しているが、それは学校や企業、選手個人の力によるものである。
 これまで行政がスポーツ施設を作ってきたのは認めますが、それにともなって全国的にスポーツのレベルが上がっているかというとそうではない。ソフト面をもっと工夫しないといけないのでは?
 都道府県対抗駅伝を見ていると、最近富山県は下位が定位置、県出身者はいつもテレビを観てガッカリしている。さしあたって3〜5年計画でまずここを強くしてほしい。
 並行してパラスポーツも含めた指導者強化、選手強化計画を立案して実行してほしい。

K.K 様
 新幹線の開通おめでとうございます。
 しかし、富山平野の味わいは、何といっても道路を走ってみないと分かりません。
 だから、日本のどこからでも、気楽に(過大な経済負担を感じないで)クルマで行けるような道路料金制に改めることを富山県が先頭を切って運動すべきです。
 つまり、距離制料金を定額制料金に変えさせる運動です。

T.K 様
 昨年8月に伏木の勝興寺を訪れました。1時間ばかりいたのですが、私以外に訪れた人は3人のみでした。奈良朝の国府の跡であり、一向宗の大拠点であった大きな歴史遺産です。修復中とはいえあまりに寂しい観光地状況です。昼時でしたので伏木駅で食事を摂ろうとしましたが、ほとんど何もありません。これは一つの例ですが、他所でも同様の状況でした。訪れる外国人4000万人を目指し、国内の旅行者も増加する中で、観光産業は重要になるばかりです。来訪者が来たくなり、来て満足できる配慮は大変重要です。本格的な取組みをお願いしたい。

M.S 様
 「東南アジア大学生等留学生の受け入れ」
 素晴らしい自然環境と「ものづくりの県」の特徴を生かし(PR)東南アジア諸国の大学生の留学生を受け入れ(インターンシップ)長期的に富山県の「良さ」が認識されていくのは観光県の拡大に繋がると思う。(留学生はエリートであり、帰国すれば要人となる可能性が高いので効果は大である。)富山県内の大学専門学校7校の共同での受け入れ方策を考慮されたし。(学生・教授の交流提携)

T.T 様
 時折の帰省時に、高岡駅等で観光客の方の「JRによる高岡駅から金沢方面への移動が不便だ」との声を耳にしますが、そのあたりの解消も、観光客誘致のネック打開に役立つのではないでしょうか(悪評が伝播する前に・・・)

M.H 様
 1. 本年1月10日、富山広域連携中枢都市圏で協約を結ばれた。福祉、産業振興などの分野で協力し、行政サービスを大いに充実させていただきたい。最終的には人口減少に歯止めをかけ、地域活性化にも役立つと信じたい。
 2. 富山の魅力を発信する素材が多く、着実な前進を念じて止まない。
  (1)富山米の新品種「富富富」の発信
  (2)立山黒部アルペンルートの世界を目指す取組み等の発信
  (3)富山湾の美景と一帯の魅了を高め、誘客につなげていただきたい。
 3. 富山県のみならず、日本全体の急激な少子高齢社会と人口減少に立ち向かうことになる。経営改革と併行し、労働改革を進め、景気拡大期にしっかり備え、発展していただくよう祈っている。

T.Y 様
 貴県として、鎌倉との共催イベントに工夫はありませんか。
 当地は発信力は大きいと思いますので、その点を活用(利用)してください。

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その他

A.U 様
 「平城遷都1300年祭の思い出」
 平成22年(2010)8月、奈良の平城京にて、平城遷都1300年祭が挙行されました。同年5月の第一次大極殿の完成を祝い、「富山県の日」が設定されたのです。奈良時代の歌人 大伴家持と越中との縁に因み「まほろばステージ」が設けられたのです。
 奈良時代の装束に身を包んだ石井富山県知事や荒井奈良県知事、高岡市長、氷見市長、射水市長、奈良市長が勢揃いされ、「越中万葉朗唱の会」が催されたのです。華やかな和歌が朗唱されて、大変感動したものです。

K.A 様
 小生 故福士昌寿氏(元経済企画庁)の紹介で会員となりましたが、残念ながら未だ一回も交流会に出席したことがありません。しかしながら、教え子(東大)の吉森照夫弁護士はいまだにお世話になり続けており、奥様ともども親しくさせていただいております。貴会には同氏も会員となっておられる由、貴県とは御縁の深いものを感じております。小生は高齢で手が不自由となり、この文章も家内によって代筆してもらっておりますが、かつて輪島訪問の帰途、西田幾多郎生家跡を訪れ、彼の物した書等を購入したことがあり、その墓をお参りしたこともあります。帰途、加賀屋ホテル等に立ち寄り、一杯呑んで前の埠頭でずらりとならんだカモメ等を見入っていたことなども懐かしい思い出です。富山、新潟、福井等諸県を見たことは懐かしい思い出となりました。どうか御出席の皆様によろしくお伝えください。御参列の皆様の御多幸を心よりお祈り申し上げます。

F.O 様
 「富山に対する熱い思い」
 故郷富山を離れて、56年になります。何年経っても、どんなに時代が変わろうとも、故郷富山に対する熱い思いは、今も変わりません。故郷の御繁栄を祈っております。

Y.O 様
 「富山の素晴らしさ」
 富山県に縁があって年に5〜6回旅行や仕事で行きます。街の人たち、ちょっと道を聞いたりするだけでものすごくやさしい人が多いです。比較的シャイだけど、すごく優しく、あたたかい方が多くてうれしくなります。農産物、水産物、食べ物が美味しいことは言うまでもないことですが、北アルプスの眺め、富山湾の風光など素晴らしさがこれほど集まっている県はそう多くはないと思います。

K.O 様
 富山にはおいしい水、米、酒等たくさんありますが、最も素晴らしいのは富山県人のまじめで勤勉な姿だと私はいつも思っています。

Y.O 様
 北陸新幹線開通以来、帰富が手軽に出来、松川の花見など楽しみました。
 これからも旧友とも交流したいと思っています。何と云ってもすばらしい北アルプスが圧巻です。

T.S 様
 職場に伏木、高岡の方が同室しています。偶然ですが、とてもよい雰囲気です。例年、正月はいただきものの若鶴、苗加屋で祝い、富山産コシヒカリ、かぶら寿し、昆布〆刺身、干し柿を味わっています。過日は鶴瓶の家族に乾杯、ブラタモリで富山風景と人情を楽しみました。2年ごとに富山詣でが続いています。倶楽部誌ないしは広告案内に富山観光ばかりでなく、産業、学校、神社仏閣の現況、図書館・美術館情報、ときには東京のアンテナショップの紹介、テレビ・ラジオの番組紹介があれば皆さんに重宝されるであろうと思います。

Y.T 様
 「富山出身の『朝乃山』力士応援」
 ひさびさの郷土富山市出身の関取。「朝乃山」の勝敗に目が離せません。立山剱岳の化粧まわしが富山の人間としては、大変嬉しいです。隣の石川の関取と一緒に北陸を盛り上げて欲しいです。

A.N 様
 熊本地震から2年2か月経ちました。まだまだですが、インテリアデザインの仕事が被災現場へ少しでも役に立てばいいと思っています。

Y.Y 様
 「当会の企画について」
 以前にも求めましたが、富山の伝統産業に従事している若手の方と当会員が交流できる場づくりをお願いしたい。新しい伝統産業への理解と人脈販路拡大に結び付けるために。

I.M 様
 当倶楽部を継続されておられることに敬意を表します。
 黒部のパッシブタウン、富山の新県立美術館等、新しい建築文化を発信しておられることにも敬意を表します。

K.M 様
 東京に来て約60年、自宅を確保して約40年。
 しかし、故郷富山県と縁を切りたくないため、都会育ちの妻と2人の娘、全員本籍を富山県に入籍している。
T.N 様
 「黒部川 愛本(あいもと)橋について」
 最近、日光の刎橋(はねばし)が日本の奇橋の一つとして紹介されていた。
 愛本(元)橋は日本の3大奇橋の一つで、両側から長く太い桔木(はねぎ)を揆出して、架橋したもので、山梨の猿橋、山口の錦帯橋と並んで有名だが、私はスケールと言い、構造の冒険の見事さと言い、愛本橋が天下一と確信している。残念ながら、かなり前に失われたが、今から40年ほど前に復原チームの一員として参加したが、木造で復原再建されれば、富山のかつての栄光を記念し、これからに勇気を与えることは間違いないと考える。

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