人材育成研究事業

「とやまファン倶楽部」について

会員交流

会員の皆様からいただきました「メッセージ」です。

富山を身近に感じたこと

C.A 様
 氷見のうどん、約25年食べています。日本のうどんで一番うまいと思います。

S.S 様  
 いつもオフィスで富山湾と立山連峰のパノラマパネルを見て、元気付けられています。先日発表された大地震確率予測では、高岡市辺りがやや高いようです。十分な備えが望まれます。
M.K 様
 5月の連休中に高校の大同窓会のゴルフコンペに参加し、同級生約20人と旧交を温めました。年月は経ても逆に年月が経ったから、余計に高校まで一緒に過ごした仲間を更に理解でき、自然や遺産、災害の少ない土地柄、発達した交通網など郷里の過ごし易さを実感することができました。観光その他で日本、世界に富山の魅力を不断に伝えていただければと念願します。

K.S 様
   GW期間中の富山からの生放送(フジテレビ、BBT)等々、TVでの露出が多くなっているので、大変うれしく(懐かしく)思います。連休前の雪の大谷からの生放送(TBSテレビ、チューリップテレビ)も天気が良く、日本一の絶景でした。全国放送での露出は、観光客の送客にもつながると期待しております。
M.H 様
 第68回全国植樹祭(5月28日)、青空が広がった魚津桃山運動公園からのNHKテレビ中継を見ており、古里の豊かな自然を守り継ぐ県民の強い意志、苗・種を育てた喜びをひしひしと感じました。
 この植樹祭に富山県が開発した優良無花粉スギ「立山森の輝き」などの苗木が植えられ、エドヒガンなど4種類の種がまかれましたとのニュースにひとしお喜びを強くしました。
 私事ですが、5月24日、25日の両日、富山市原の立山国際ホテルで開催の第23回玄鳥俳句会全国大会に出席しました。古里での全国大会は秀作表彰、作品選評(小生は指名され特選句2句につき鑑賞)、研究句会等充実裡に完了。2日目の“雪の大谷”見学、散策も全国から来県の皆さんに喜ばれました。知事が努力されている「黒部ルート」の商品化に期待しております。

A.H 様
 北陸新幹線開業後、御当地に出向く機会が増えました。TVで積雪深10メートル余りの除雪のニュースを見ると春の到来を感じます。

K.S 様
 あまりにも変化を求めない体質を変えなければ!!
 市議選で辞職した者がまた当選。友人間で話題になった時笑われましたよ。

F.O 様  
 最も純粋な形で残っている富山の味に接した時、富山県を身近に感じます。それは、イカの黒作りと、かぶら寿しです。全国を歩いて、似た様な食べ物はありますが、富山のイカの黒作りと、かぶら寿しは絶品です。この本物の味は富山県にしかありません。
I.A 様
 富山県の生涯学習審議会の委員も務めさせていただき、また、小中学校の授業観察などもさせていただき、富山県の教育力に注目しています。

C.Y 様
   東京駅にシロエビのお店ができました。富山がだんだんメジャーになっていきますね。うれしいことです。

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今後の富山に期待すること

T.S 様
 今年春の甲子園大会には、高岡商業高校の久しぶりの出場がかない、喜んでおりました。
 高商は、戦後間もなくの大会で、県勢で初めて勝利して以来ずっと応援しております。
 今年は投攻守のまとまったチームであり、大いに期待しています。春の甲子園大会では、あと一歩及びませんでしたが、これから夏の大会に向けてのご活躍を祈っています。

Y.M 様
 富山県の魅力は、何といっても、美しく大きな自然と、そこに育まれた新鮮な食材、そして素朴な人情です。
 数奇なコト、モノに走らず、その王道を行ってほしいと切望します。

T.O 様
 富山県の公共的な建築物やデザイン関連事業(特に商品開発など)の積極的な働き掛けは、ある種、文化的事業の一環の中で、とても頼もしく感じています。
 地方都市の新しい価値を、より推し進めていくことをこれからも期待しています。 知」の領域が富山の持ち味ではないでしょうか。商人(あきんど)とは少し違う距離を持ち、私にはとても誇りに感じている部分です。
 「流行(はやり)」という言葉よりも「普遍性」が富山の「知」の領域ではないでしょうか。

K.M 様
 新幹線の利用と連携した富山各地への行き方(新しい交通手段)を分かりやすく伝え(発信し)て下さるとありがたいと思います。

N.K 様  
 「越中富山のくすりやさん」から現在の薬開発までの歩みを記した新書本などが気軽に読めるようにしてほしい。 働き者の富山県人といわれ、文化の面でも著名な人たちを輩出している富山県人の活躍ぶりを紹介する企画をしてほしい。
Y.W 様
 座談会形式で、新しい技術等の開発を軸とする「未来産業都市」の育成を論じ合いたい。

J.M 様
 最近の富山県及び県人は様々な所で高い評価を得ています。このような先人に続くよう、若い人材の育成に努めてください。  この2、3年病気等で止めていた、ふるさと納税を再開しますが、今問題になっている返礼等のシステムは富山県が先陣を切って止めていただきたい。

Y.O 様
 新幹線開通以来、富山へ行く機会が多くなり、身近に感じています。
 4月中旬、富山松川の花見。船で廻りました。船頭から滝廉太郎の話があり、驚いて部屋(松川茶屋にある資料室)を見学してきました。もっとキャンペーンしても良いと思います。

K.K 様
 旧制富山高校があった頃の全国的人材育成の構造が懐かしい。
 何とか全国的秀才の育成構造をつくれないものか。正力松太郎のような人材がいい。先般出たノーベル賞の人材もいい。全国的人材の育成ベールがほしい。

M.T 様
 昨年、関係する学会が富山でありました。学会など学術会議の誘致、支援を積極的に行ってください。

T.S 様
 富山県の名所、観光温泉地をもっと全国にアピールして、集客方法を考えて計画してください。
(例)@JRの利用パックで宇奈月、立山山麓等利用する。
   A有力ツアー会社 阪急交通社、近畿ツーリスト、クラブツーリズム等と提携して、氷見、庄川、福光、宇奈月、立山で2〜3日のコースを企画する。
 他にも色々あると思いますが、富山県も観光県だということをアピールしてください。

N.E 様
 富山県は進学率が高く、教育熱心に感じます。新幹線の力を十分に活用し、存在感を示していただきたい(埋没しないように、輝く富山であるように)

M.S 様
 新幹線が通り、近くなったとは言え、いつも心の中には富山があります。 富山にしかない水と空気、食べ物やお酒、いいところです。ずっとこのままであって欲しい。

S.A 様
 郷土史に熱心であった父の影響で、富山は前田藩の支配になる前、佐々成正や大伴家持の時代は、加賀とは完全な独立国であった文化圏に育った矜持を持っています。北陸新幹線が出来て、富山・高岡が途中下車駅に見られている東京からの目線に対し、もっと富山文化・歴史を売り込むべきではないでしょうか。

T.O 様
 北陸三県(富山、石川、福井)と言う言葉がある。産業や地域社会でもまた、工芸分野でも他県にない特性の工芸文化の高いレベルの製作や作家集団が残っている。今一度、この辺に今二度新しい意識で構築されていくことも素晴らしい発展ができると思っている失礼を申し上げました。

K.Y 様  
 私はヴァイオリニストとして、もう長らくドイツ、ミュンヘンに住んでおりますが、仕事場や、日々の生活で、日本人の方々と交流する機会も多く、どこ出身ですか、という話に始まり、富山の話を良くします。決まって皆さんから言われるのは、「お魚のおいしいところだよね。」それに付け加え、最近は、「ブラックラーメン食べてみたい、」という意見も聞きます。実際富山の最大の魅力は食、そしてそれを作る水、米、つまり自然なのだと思います。
 そして皆さんから言われること、「新幹線ができて日帰り、あるいは1泊でいけるので是非富山に行きたいのだけれど、どこで、おいしいおすし、お刺身が食べられるのか良くわからない、ブラックラーメンももし、駅の近くで食べられたらいいのに。」ということです。また関東地に住んでいる人からの、「『今日は一日贅沢日』というのを設けて、日帰りでおいしいお刺身を食べに富山にいく、という計画を立てるのだけれど、時間に限りがあるため、富山での移動が徒歩だといいのに、」という意見も聞きます。
 富山駅が開発されてグローバルになったので、是非、駅周辺、あるいは西町など市電でいける場所に、お寿司お魚横丁(札幌のラーメン横丁のように、何件も連ねて)、また、観光スポットをめぐる観光バスの充実化を望みます。率直な安易な意見かもしれませんが、外国人も含め、観光客に富山を知ってもらう、気軽に富山に来てもらういいチャンスなので、是非現実化することを期待いたします。
 これからも頑張ってまいりますので、またどうぞ宜しくお願いいたします。

K.A 様
 7月19日に富山国際大学で「国連の理想と現実」と題して、講演の予定です。富山の若い人たちが世界に雄飛して活躍されることを願っています。

O.M 様
 富山の自然、文化、歴史を体感するプログラムを提供するエコ・ツアー専門会社「エコロの森」の事業発展→雇用創出→若者の地元での活躍のスパイラルの実現を期待します。県による物心両面の最低限の支援が必要です。富山のイメージと経済のパラダイムシフトを!!期待しています。

T.B 様  
 伝統的な銅器の生産技術の歴史を顧み、すでに失われた技、失われつつあるものは、新しい生活様式の創造と合わせて再生したいものです。
Y.K 様
 新幹線が開通し、東京から伺うのに便利になり、嬉しく思います。
 しかし、これまで東京から近くなると駅前が東京と同じ顔になり、街が東京化して来て、寂しい気持ちになってしまうことが多くありました。富山の良さが侵食されないように、皆さまよろしくお願いいたします。

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富山での思い出

C.A 様
 コラーレ(黒部市国際文化会館)を作ってから25年。散居村ミュージアム(砺波)を作ってから11年経っています。富山が私を世に出してくれたと思っています。黒部の方達とは、未だに親しくしています。きっと生涯の友人になると思います。

T.O 様
 今年の6月に雪の大谷を見に行きました。天気が不安定な中、室堂で晴れて雄山を拝むことができました。
 夏には立山登山マラニックで、浜黒崎から雄山までの60kmに挑戦する予定です。

S.K 様
 富山を離れて約20年になりますが、今さらの如くにあの美しくも豊かな富山の自然が懐かしく思い出されます。立山連峰の荘厳な山並み、雨晴から氷見へかけての美しい海岸。そして何よりも美味で豊かな海の幸。
 富山こそ、日本でも理想的な県ではないでしょうか。

H.T 様
 幼少の頃「越中富山の薬屋さん」と歌いながら御馴染みの薬箱を父母が使っていました。海を渡り、父の仕事の関係で旧満州長春から奉天まで、薬は我が家の大切なものでした。
 あれから年を経て、引き揚げでの凄まじい体験と望郷の念、辿り着いた内地では皆様とも同感できる戦後の生活を味わいました。
 父の生家が軽井沢でしたので、気候が似ていたのが幸いし、自然の中で育ち、上京してから富山へ新幹線に乗車できたのは夢の中の夢。とても幸せでした。在京の富山出身の方も友人におります。いつまでも交流が続くことを望んでおります。

K.M 様
 八尾から五箇山そして砺波の宮大工の仕事場など民家の今昔、様々な気候・生業対応の姿とそれらを作り続けている大工達の仕事、宮大工の精緻な仕事を学生達に学ばせてもらいました。毎年の夏の研究室の行事でしたが、県職員だった川崎政善さんには、ずっとお世話になりました。

S.T 様
 神通川の土手を中学校の帰り道歩き、見上げた冬の立山連峰は神々しさで溢れていました。
 人生の最期は、立山連峰が見える地で迎えたいと思っています。
 中学校の同期の仲間と会うたびに身近に感じます。

S.K 様
 冬、夕日に映える雪の立山連峰は息を呑む美しさです。
M.O 様
 1年間の短い勤務でしたが、雪の壁、ホタルイカの解禁、海王丸の座礁など取材の思い出や、豊かな人情、美しい大自然など、すばらしい人間味あふれた日本人の原点、富山バンザイ。石井知事 初当選も取材させていただきました。再訪を願っています。

H.O 様
 久し振りに富山駅近くで宿泊しましたが、周辺部の整備が終わってきれいになりましたね。インバウンド旅行者の多いのも印象的でした。

K.M 様
   2017年4月29日〜30日に研究室旅行で富山市と魚津市を観光しました。
 東京薬科大学薬学部学生(4年生及び5年生)計11名、本学の教員3名、さらに他大学等の先生方5名の総計19名で、29日午前中に金岡邸で、富山の売薬の歴史について学び、その後、魚津の金太郎温泉で温泉と美味しい食事を堪能。翌日30日は、しんきろうマラソン で汗を流し、午後においしい海の幸を食べて帰りました。
 マニアックな観光コースではありましたが、薬の歴史、温泉、マラソンでの感動(沿道からの地元の皆さんの応援で元気がでました。立山も綺麗でした。)さらにホタルイカのしゃぶしゃぶで舌鼓をうち、東京に戻ってからも、ますのすしという、幅も奥も深い旅行で、薬学生も教員も皆さん満足なとても楽しい旅行となりました。 ただ心残りは、蜃気楼が見られなかったことです。(数日後に蜃気楼が見えたそうです。)
T.Y 様
 私の終戦は小学3年生、それまで防空頭巾をかぶって逃げ回り、校庭の隅の防空壕は何時もの場所でした。校庭も畑になっていて、東の方向に奉安殿があり御真影が飾られていて、朝礼で最敬礼した記憶が蘇ります。
 両親が高岡市は危険と察知して砺波の奥、山野村の知り合いに疎開し、疎開先で夜中に起こされて富山の爆撃され探照灯に映るB29の機影、高射砲の銃弾など花火のように真っ赤に夜空を照らしていた様子がはっきり記憶に残っています。富山市は道路に焼夷弾が刺さり込んで、大変な惨状だったと家族を集めた父親から聞きました。子供心に恐ろしさを感じました。
 疎開先の学校は楽しくて通学途中で野イチゴをとって食べたり、蕗をとったりした記憶もありありと…。帰れば馬の水やり、餌やり担当も生きがいでしたね。藁をたたいて落とし紙の代用造り、草履の作り方も教わりました。終戦になり高岡に戻る寂しさがひとしおという記憶が蘇ります。帰りは家財道具を鉄の輪が入った大八車の馬車で運び、それに乘って帰りました。家まで大変通い道のりでした。小さい頃の記憶です。素朴でしたが懐かしい思い出です。
 高岡市での生活は定塚小、高陵中学、高岡高校で東京の大学へ進学し、日本テレビに入社して卒業、現在に至っていますが、18歳まで育んでくれた富山県と高岡市に大変感謝しております。3つ子の魂100までですね。学生時代を過ごした明倫学館と皆さんにも感謝感激です。
 第二次世界大戦の終末期をひもじい思い出で通過してピーピーガーガーというラジオの聞きにくい音で玉音放送を大人と一緒に正座で聞き、何のことやらさっぱりわからず、皆殺しにあうというデマが飛び交い・・不安定な時代でした。
 いま、北陸新幹線が開通して東京駅から最速2時間余り、ここに至る経過が夢のようです。交通だけみても構築に関わった全人に感謝です。単なる年寄りのこんなこともあったと、富山県出身人のたわごととしてお納めください。

Y.K 様
 富山では、無名の一膳飯屋でも、最高のお魚料理が出て来ました。この心意気が嬉しく、心に焼き付いています。

J.H 様
 古稀を迎え、振り返れば関西に出て来て半世紀を超えました。大阪・茨木市の山間部で森林保全ボランティアをやっています。茨木の里山を見て思うのは、やはり故郷の田畑であり山々です。 田植えの頃の水田に映る僧ヶ岳や立山連峰。夏、宮野山から見る稲穂の上を吹き渡る風に揺れる緑黄の絨毯。その向こうにきらきら光る富山の海。 私にとって、故郷の情景は今でも日本一です。(黒部出身)
M.S 様
 富山県は、山 河 海 と世界的にも美しい所です。
 私も2年前に日本発明協会を富山ツアーと大阪岸和田のだんじり祭に案内させました。

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会員の皆さんにPRしたいこと

C.A 様
 昨年は村野藤吾賞を受賞しました。今年も建築選奨に選ばれました。今まで73回の色々な賞をいただいたことになります。今年は村野藤吾賞の審査員(既に選出)、また公共建築賞の審査員を引き受けています(応募歓迎)。6月には世界劇場会議の基調講演をします(名古屋)。今は、世界文化遺産候補の百舌鳥古墳群のガイダンス施設、日本最大のホテル(客室数2317)を横浜に、両国では1111室のホテルを着工しています。

S.I 様
 富山には日本のエッセンスが詰まっています。外国人が日本にイメージすることの全てが富山にはあります。

K.O 様
 富山県はお水、お酒、お米、新鮮な魚が豊富で素晴らしいと思います。
 しかし、もっと素晴らしいものがあります。それは富山県民の人間性。おそらく全国一だと思います。

Y.T 様
   まだ富山に実家があり、年に5、6回富山に戻っています。戻るたびに富山の良さを感じ取っています。今年は、八尾の風の盆、街流しを楽しむつもりです。
R.Y 様
 富山は海の幸、山の幸に大変恵まれていて、景色も一年を通して美しく、空気も良く、良い事づくめと思います。皆さんにそのことをお話しています。美しい富山を皆さんで守っていただきたいと思います。

Y.S 様
(出展:富山県土木部建設技術企画課)
「さかさ地図」
  県知事室に、富山中心のこの地図(環日本海・東アジア諸国図)が掲示されています。この地図には、富山湾の北端に日本列島の平面的重心の位置が表示されています。
 小生がこの地図の作成を中沖知事に提案し、県土木部が企画し、(財)地図センターで作成したのが平成6年です。
 有楽町「いきいき富山館」、日本橋とやま館や県内の美術館、博物館で販売されており、富山県人誌28年7月号でも紹介され、隠れたヒット商品となっているそうです。
 高著な歴史学者 網野善彦氏をはじめ、小生の知る限りでは8名の方々が、様々な角度から文献に「さかさ地図」を紹介されています。
 網野氏は、次のように書いておられます。「この地図から受ける印象は、誠に新鮮で、普通の世界地図の中の日本列島とは全く異なったイメージを受けとることができる」と記して、具体的にいくつかの点を述べておられます。本年4月28日、テレビ朝日「ワンダふるさとコーナー」で、富山中心のこの「さかさ地図」が放映されたのを機に、改めてこの地図を御紹介する次第です。

M.T 様
 子どもの環境教育のため、朝日新聞社と組んで「子どもeco検定」をネットで無料実施しています。富山のような美しい環境を守るための活動です。身銭を切っての運動です。今年も9月1日スタートします。

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富山県の施策に助言

H.S 様
 富山駅の内装、駅前の模様をJRの協力を求めて補充的改装をすべきです。金沢のような豪快さはなくとも、他の地から来た人達が、まず「ふーん、楽しそうなところだね」と感じるようなことにすべきです。奇抜な感じでなくとも「わあ、富山に来たぞ」と気持ちが盛り上がるようにすべきです。何度富山駅に着いても、そう思います。駅でのサービスはいいのですが、富山着の瞬間、「着いたぞ、ここが富山駅か!」という感激の気持ちがもっと出るようにした方が良いと思います。
 富山の人達が努力されていることはよく分かります。私も東京で知人やそれ以外の人にPRを引き続きやります。

H.O 様
「観光客の誘致とホテルの増設」
 北陸新幹線の開通により、首都圏、東京より行きやすくなった。豊かな自然、風流な文化芸能、そしておいしい魚類ほか、素通り県でなくてゆっくり宿泊して楽しんでもらうために、宇奈月温泉など宿泊代のリーズナブル化、ビジネスホテル級の増設など進めてもらいたい。

M.S 様
 TV(NHK、民放)で富山県の海鮮食材(シロエビ、ホタルイカ、ブリなど)の放送を見ると大変懐かしく嬉しく感じます。  自然遺跡(アルペンルート、五箇山など)観光資源が豊富な割には観光客誘致の効果が少ない感じがする。旅行会社、マスコミ等、大胆な方策が必要と感じる(努力はしているでしょうが・・・)
 今は少子高齢化が進み、「もの作りの担い手」としての労働力確保として東南アジアからの留学生の受入を積極的に活動展開すべきである(富山大学、県立大学、職芸学院)インターンシップにより定住を考慮しては如何ですか。

Y.Y 様
   とやまファン倶楽部の席を通じて、現地とやまに在住の
 @若手の中小企業経営者の方
 A伝統文化の保存に苦労されている方
 B優良な農産物生産者の方
 などと会員が交流を深められる「仕掛け」づくりをお願いしたい。
 ネット社会では得られない「人的交流」によって、ウイン・ウインの関係を築く一助になると思う。

Y.W 様
 石川、福井県との協同で、北陸ブロックの「幸福度の上昇施策」について、委員会形式で研究したい。

T.Y 様
 鎌倉に居住して60年近くですが、正直な感じでは、当地では富山の風は吹いて来ません。当地は発信力は抜群です。思い付きですが、鎌倉富山県人会の様な活動を考えられませんか?どうでしょう?あるいは「とやまファン倶楽部」 in kamakura みたいなことでも?

T.M 様
 道路より街並みを、田園景観の保全を大切にしていただきたい。
 “田園発港行き自転車”ではないが、県全域を自転車で廻れるようにしたらいかがかな。41号の旧道の利用など、コンクリートで固める開発はダメ。
N.K 様
 配布された名刺の裏のジョイフル・カードの期限が2018.3.31までとなると、以降はどうなるのか心配です。
 正直なところ、いろんな美術館等で使えるので便利だとは思いますが、一番出費するのはお土産品です。駅、空港等で何らかの特典があればうれしいので、名刺の配り甲斐もあるというものです。

Y.I 様
「夢物語」
 水力発電量日本一の富山県。地熱、風力等、他の自然エネルギー開発に力を入れ、自然エネルギー県としてアピールできないものでしょうか。未来のカタチを目に見えるものにできれば富山の存在感を大きくできると思います。

Y.U 様
  「万葉の歌人 大伴家持について」
 天平文化の華と云えば万葉集であり、その編纂に携わり貢献されたのが大伴家持であります。
 大和朝廷以来の武家の名門の家柄であり、律令制下の高級官吏として、その名を歴史に残された中納言の生き様を物語として、宇治谷孟先生や森弘子先生にお願いしてみては如何でしょうか。そして、出来ればNHKの「歴史秘話ヒストリア」として登場できれば幸いと期待する「視聴者」の一人です。

Y.J 様
 富山県の勤勉さは全国に知られていますが、遊びの(ソフト部分)要素も発信したらいいと思います。若者定住のために。

O.K 様
 早期、新幹線を大阪まで

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その他

K.A 様
 「コロンブス」で石井知事を取り上げました。石井知事とは自治省(現総務省)の財政課長時代からの知り合いです。
 この記事を書いて石井知事にますます親しみを感じました。益々の活躍を祈ります。

T.N 様
「富山とカンボジアの青い苗代の風景」
 未来永劫に続くと思われるアンコール遺跡の救済のための人材育成という遠大な目標のもとに、今年もアンコール・トム近くの村の子供達と、力一杯遊ぶという一大プロジェクトに富山からの大部隊を主力として参加していただいた。その報告書に、私の田舎とカンボジアの水田の風景を重ねて、恥かしながらの感傷文を書きました。ますます「故郷は遠きにありて想うもの」との想いを強くしています。

A.N 様
 熊本地震からやっと1年2か月が経ちました。まだまだ揺れますし、やっと解体が始まった建物も沢山です。私方はお陰様でほぼ日常になり、インテリアデザイン、講演、セミナーなどの仕事も戻りつつあります。
 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

H.O 様
 私事ですが、このところ目が「加齢黄斑変性」、耳が聞こえにくくなるなど体調があまりよくない状態が続いております。
 そんなことから、外に出ることを控え、体調回復に努めているところです。
 この会の何のお役にも立ち得ませんが、富山に生まれた私にとって、故郷の発展はとても嬉しいことです。

A.S 様
 富山在住の友から年に数回届く、ます寿司がとても美味しく、何よりの楽しみです。シロエビも美味!海の幸に恵まれた富山は素晴らしい!! 富山のニュースをいつもありがとうございます。

F.O 様
 昨年、富山市議会は、いち早く全国的に有名になりました。二度とこんなことが起こらない様に。

A.M 様
 高岡遠くなり、帰りたくなくなりました。

A.S 様
「我が町 ふるさと富山 “山あり、海あり、そして何より人情あり” 」
 先日、久しぶりに帰郷しましたが、子供の頃に育った遊んだ町が小さく感じ、通る人もなく、かつての賑わいもなく、大変寂しく感じました。
 でも、故郷富山は永遠の「ふるさと」です。

Y.M 様
 富山県とは約半世紀お付き合いをさせてもらっています。新幹線で落ち着き、高重力のトヤマになるのでしょう!

I.I 様
 国土地理院発行の地形図に富山県と岐阜県にまたがる「北ノ俣岳(上ノ岳)」と表記されている山があります。つまり、一山二名の山ですが、この名称を「上ノ岳」または「上ノ岳(北ノ俣岳)」に改称すべきであり、その根拠は日本山岳会機関誌「山岳」vol.111(2016年9月発行)に発表しました。

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